昨日、小論文指導がない、などと書いたものだから……

 今日は本当に忙しかった。小論文指導が立て続けに発生したのだ。私の所には、自分のクラスの生徒2人が今後の方針を仰ぎに来ていた。そのうちの1人は、昨日の帰り際に練習したものを置いていった。今日はさっそくそれの添削を始める。その添削を終えて、本人に指導したのが終わったと思ったら、方針を仰ぎにきていたもう1人が書いたものを持ってきた。こちらもさくっと添削して、さくっと指導する。次には、卒業式の答辞を述べる生徒が原稿の添削に持ってきたので、これまたさくっと添削して指導する。すると、最初の1人が書き直したもの持ってきた。この時点では、今日の大イベントである仕事の時間が迫っていたので、そちらを優先して、終了後に添削する。しばらくしてから来た本人に指導をする。これらの合間に、指導要録を書いたり、来年度の準備をしたり、……。うーん、今日はよく動いたなぁ。
 小論文指導はある意味で面白い。生徒の文章の論理上の不具合を見つけ出し、それを整理するのは一種のパズルに似ている。中には、かなり込み入った展開をする文章を書く者があれば、四苦八苦するけれどね。今回の3人が持ってきた4つの文章は、幸いそれほど込み入っていなかったので、さくっと添削できた。
 私の添削は、生徒の文章の論理展開を整理してあげることが中心である。もちろん、触れるべき論点について触れていない場合は、そこをしっかり指摘し、考え直しを命じる。今回の場合、そうした書き直しを求めたのが1人いた。後の2人は、基本的に含めるべき内容は含んでいたので、論理展開の交通整理のみを指摘した。
 やはり、小論文とは課題文に対する読み取りの精度がものを言う。課題文の趣旨をきちんと踏まえていれば、取り扱うべき自分の問題も当然見えてくるし、論点も見えてくる。結局は、要旨・要約の能力、文章の内容をざっくりとつかむ能力が必須なのである。国語科としては、その能力をしっかりと鍛えねばならないなぁ。その能力を鍛えることを、ワークショップ的にさせるとしたら、どうできるだろうか?