話し合いによる「舞姫」の授業3:社会・世界と関連づける

 3回予定している話し合いによる授業も今日でいよいよラストである。とはいえ、今日は1クラスのみで、明日もう1クラスがあるけれど。今日扱う箇所は「明治二十一年の冬は来にけり。」で始まる第4〜6段落の箇所、豊太郎とエリスとの悲劇の場面である。
 今回の箇所では、豊太郎とエリスの悲劇の経過を表層だけたどれば豊太郎が悪い、ということになりがちだろう。しかしそれは、21世紀に生きる我々の目で明治時代を生きる豊太郎を評価しているに過ぎない。明治時代という時代背景を抜きにして豊太郎の行動を評価することはあまりに不公平である。そこで、「関連づける」という方略の3つ目の様相として「社会・世界と関連づける」ことを意識させ、明治時代を生きる豊太郎の事情について充分目配せをした上で、彼の行動を評価させることにした。
 そこで、今日のミニ・レッスンでは、「豊太郎とエリスとの破局の経過」をまとめさせると同時に、「明治時代を生きること」についてまとめさせ、その二つを踏まえた上で「豊太郎とエリスは是か、非か?」を問うこととした。豊太郎一人に絞っても良かったのだが、エリスについても考える余地を残しておきたかったので、二人の連名にした。そして、こうした3点についてまず個人で考えさせ、個人での考えを踏まえて班毎の話し合いへと移行した。班毎に、豊太郎とエリスについて、あるいはどちらか一人について、是か、非かを定めるようにと要求した。ここで気を付けて欲しかったのは、「豊太郎とエリスは是か、非か?」を判断する箇所である。二人の破局の経過と明治時代という時代背景を考えるならば、おそらくまとまるのは「仕方がなかった」という結果である。だが、班での話し合いでは「それで本当に良いのか?」と問いかけて欲しいことを訴えた。「仕方がない」という状況の中で、それでも是か非かを評価するのには、何かを捨てて何かを選ぶ決断が必要になる。そこに、自分たち独自の解釈が生まれる。そこを話し合って欲しかったのである。またこれは、この決断をするために「関連づける」という方略を使って、まずは状況を公正に把握する、という「方略の自覚的活用」を促す意図もあった。昨日の学会で得た情報をできるだけ取り入れてみたのだ。
 45分間くらいの時間をかけて話し合いを継続させた。生徒たちはまず破局の経過についてまとめたり、明治時代に生きることの制約についてまとめたりしていた。ある班は、逆に「もし豊太郎とエリスとが結婚していたら」どんなことが起こったかとか、「もし時代が現代だったら」どんなことが起こったかと、あえて逆の場合を仮定して、そこから物語設定の特徴を把握しようとしていた。これは素晴らしいアプローチの仕方である。「逆の方向から考えてみる」という方略を彼らは自ら選択して使っていることになる。私が指導をせずとも、新たな方略を持ち込んでいる、その態度は素晴らしい。おそらく、それまでのミニ・レッスンで二つのことを比較対照していたことから類推したのかもしれない。インタビューしてみたら良かったな。
 また、ある班は豊太郎の母からの手紙に着目し、母からの自筆の手紙を豊太郎がずっと持っていた(少なくとも記憶していた)ことから、母は豊太郎の免官に失望して自殺したのであり、その母の手紙の内容が豊太郎のその後の行動を決定づけた、と推測していた。これまた素晴らしい見方である。母の手紙を豊太郎が帰国する際もまだ持っていたという可能性は十分にある。だとすれば、彼は母の手紙の内容を折に触れて反芻していたはずである。それが、豊太郎が帰国と栄達とを求めた原因だと推測していたのである。いやぁ、大したものだ。しかも彼らは、その豊太郎の母の手紙の内容を再現することまでしていた。参った。
 それでも、考えてみると「関連づける」という方略を彼らがどの程度自覚的に活用しているかは読み取れなかった。結局これは次の時間での自由作文とその次の事後調査+自由記述回答によって判断するしかないかな。
 今回、3回の話し合いの授業をさせて本当に良かったと思う。しかも、話し合いを毎回40分間以上設けてじっくりさせたのが良かった。ファシリテーション・グラフィックを活用したことによって、彼らも飽きることなく話し合いに集中できていたようだった。むしろ話し合いの時間がまだ足りない、と感じていたことだろう。このあたりも質問紙調査で尋ねてみたいね。
 他に古典の授業1クラス、古典講読の授業1クラスがあった。古典は「蜻蛉日記」、古典講読は「史記」より「張良」の文章である。古典においても読解方略の自覚的活用を促すような授業展開ができるはずだよね。私の授業は古典の文章の解釈法など、方略の解説的な要素がたくさんある。それらをさらに組織的に組み上げていけば、そうした授業が作れそうだ。昨日の学会で知己を得た福井県立若狭高校の先生の実践研究を読みながら、そんなことを思った。
 また、今はこの小説を読み始めている。

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)

 昨日の学会からの帰り、上野駅の書店でつい買い求めてしまった。そして読み始めたら、案の定はまってしまった。やはり『1Q84』は面白い。実に最良質のエンターテイメントである。