「舞姫」の授業:第5・6段落の読み取り

 昨日、今日と文系クラスの現代文の授業があった。「舞姫」の読み取りもいよいよ最終段階、第5・6段落の読み取りである。この箇所での質問事項は厳選して以下の2つにした。

1.豊太郎が天方伯に言われて、帰国を承諾したのは何故か?
2.最後の1節の「一点の彼を憎む心」とはどのような内容のものか?

 これを考えていく間の様々なことは、流れを確認していく中でコメントをはさむことにした。なお、生徒にはこの第5・6段落に入る前に、取り上げて欲しい箇所があるかリクエストを募った。残念ながら生徒からのリクエストはなかったけれど。このように取り上げて欲しい箇所を生徒に尋ねるというのも、授業としておもしろいと思う。
 1については、理由は2つあると読み取れる。まずは、天方伯の「いなむべくもあら」ぬ気色に押され、豊太郎が相沢に偽りを言っていたことを今さら訂正するわけにはいかないことである。これは、天方伯という人物についていろいろ思わせられるところである。果たして天方伯は本当に豊太郎が何も「係累」がないと聞いて安心したのか? 実は薄々感づいていたのではないか、と考えられる。何しろロシアにいた間に、豊太郎の下へはエリスからの手紙が毎日届いていたのである。それを天方伯が気づかなかったとは考えにくい。何か「係累」があると感づきながら、有用な豊太郎を自分の手元に置きたいがために、豊太郎に「係累」はないはずだなと迫ったのではないか。そして、もう1つの理由は「身はこの欧州大都の人の海にのみこまれんかと思ふ心、心頭をついておこれり」の箇所である。豊太郎がこの時思ったのは、ほとんど「恐怖心」である。だからこそ、その結果を良く考えもせずに「承りはべり」と答えてしまったのだ。
 その後、豊太郎の帰宅の足取りを確認させた。彼はエリスの家であるクロステル巷とは正反対の獣苑に向かっている。心の錯乱が、無意識のうちに足を家から遠のかせたのだろう。そして、家に帰り、人事不省に陥り、その間に相沢が真相をエリスに話してしまう。彼女の衝撃、そして錯乱。エリスが襁褓を取った時だけは胸に押し当ててさめざめと泣く場面は本当に胸を突かれる。「襁褓」とは自分と豊太郎と生まれてくる子との、貧しくささやかだが幸せな未来の生活の象徴だったはずだ。それが砕け散ってしまったことの悲しみを、生まれてくる子を不幸にしてしまったことへの哀惜を、まだその時は正常な精神が残っていた彼女は思ったはずである。
 そして2について。真相を明らかにすることは、豊太郎自身がいずれエリスに言わなければならなかったことだ。そう考えると、「相沢謙吉」とは豊太郎の分身でもある。よって、「彼を憎む心」とはまた、豊太郎自身を憎むものでもあるはずである。
 そうしたことを、わずかな時間内で必死になって説明していった。そのうち頭がこんがらがってきて、「相沢が報告している」と言うところを「相沢が謙吉している」などと、訳の分からないことを口走ってしまったりした。生徒が反応よく笑ってくれて助かった。
 何とか最後まで説明し終えて、ほっとしている。とりあえずは教師による読みの提示という目的は達し得たかな。