「山月記」:李徴を呼ぶ声は「運命」か

 今日は授業変更があって、5コマ中4コマが埋まっている。現代文2コマ、古典2コマである。その現代文は5組と8組での授業。どちらも同じくらいの進度である。第2段の後半を検討し、第3段へと突入した。進度的には、ちょうど1段を1時間で扱っているような感じである。
 第2段では、草むらに隠れた李徴がしばらく声を出さず、忍び泣きが聞こえるばかりだったが、やがて自ら李徴であることを明かす。この場面において、なぜ李徴はあさましい姿となった自分を友人に明かしたのか、という疑問が提出されていた。これを生徒と一緒に考える。前後の流れをきちんと追い、状況を確認させて、心情を生徒に考えさせ、隣同士で確認させ、指名していく。この時、2つの心情が李徴の中にあるはずだが、生徒はその2つを同時に答えていた。なるほど、その方が自然である。そこで、それらの答えを整理して示すことにした。私が用意したプリントの図解とは違う形となった。
 さらに第3段に入る。ここでは李徴が虎に変身するきっかけとなった、李徴を呼ぶ声の正体について議論する。だが、これはこの段落内で論理的に考えるならば、一つに推定することはできる。そこで、李徴が虎になった理由を自分自身ではどう述べているかを考えさせ、その声に導かれて虎になったのだから、「その声」とは李徴が虎になった理由自体と同じであることを確認させる。そのように論理立てを説明して生徒に指名して答えさせたのだが、5組ではすんなり解答したけれど、8組ではできなかったなぁ。うーん。