普通科体験入学

 学校としてのこの夏休みの一大イベント、普通科体験入学が行われた。600名以上の中学3年生が訪れてくれ、学校の説明を聞いた後、各科目の模擬授業に臨む。私は2コマ、60名ほどの生徒に対して40分間の授業を行った。

「芥川」の授業

 扱う教材は伊勢物語の「芥川」。しかし、私がやりたかったのは「教材」ではない。これを通して、「古典の音読」と「作者の心情理解」をさせたかったのである。そこで、本文の音読練習に40分間の授業のおよそ半分を使った。最初のクラスは音読と口語訳の確認に時間を取ってしまったので、次のクラスはそこは早めに終えた。それでも音読と口語訳の確認で20分は過ぎていた。しかし、国語の、しかも古典の授業で音読をやらなければ意味がない。国語は言語の教科である。音読は言語教科の授業を成り立たせる最低限事項だ。というわけで、音読をバッチリやりました。普段の私の授業通りである。およそ15分間の間に、中学3年生は驚くほど大きな声でしっかり「芥川」を一斉に音読できた。大したものだ。気持ちいいね。
 その後で「作者の心情理解」のきっかけとして、俵屋宗達伊勢物語絵巻の絵を取り上げ、「男が女をおんぶして逃げたのは何故か」をテーマに考えさせた。
 まず、「おんぶ」とはどのような関係の者が行うものか、と問うた。生徒は「親しい関係」「親子」「恋人」などと答えてくれた。そこで私はネットで見つけた、男性が犬をおんぶしている写真を見せ、「この写真には『○○○○だから、おんぶしてもらった』とコメントされています。○○○○には何が入るでしょう?ひらがな4文字です」と聞いた。後のクラスでは「なかよし」と答えた。さすがである。
 次に、他の作品で「おんぶ」している姿の出て来る者はないか、と問うた。これは難しかったらしく、すぐには思い浮かべられなかったらしい。そこで私は得意の宮崎アニメの中から『千と千尋の神隠し』の、千尋がハクに乗って湯婆婆の家へ帰る場面の絵を示した。そして、「この後何が起こるか知ってる?」と問い、千尋によってハクが自分の本当の名前を取り戻した後、人間の姿に戻ることを確認した。このことから、「おんぶ」している二人の間には心の交流が生まれることを示した。
 さらに、古典の世界では、「女性は三途の川を渡る時、初めての男性に背負われて渡る」という考えのあったことを示し、「芥川」のこの二人は既に夫婦関係にあったのかも知れないと示した。
 その二人が引き裂かれたのだから、男の哀しみは大変なものである。その哀しみの表現が「足ずり」である。そこで「足ずり」の絵を示して、大変な悲痛の表現であることを示した後、最後に「その男の哀しみが一番表されているのは本文のどの箇所か」と問うた。最初のクラスは時間がなくて、私が答えてしまったが、後のクラスで問うたところ、和歌の部分を答えてくれて、嬉しかった。
 今回は絵や写真を用いて「おんぶ」の意味を説き進めながら、作者の心情理解を深める、という授業を行った。生徒の感想は幸い好評だったようで、これまた嬉しいかぎりである。「やり遂げた」という感を持つことのできた授業だった。