『辺境・近境』

辺境・近境 (新潮文庫)

辺境・近境 (新潮文庫)

 第4回の読書レポートの課題図書の1冊として選んだ本。私は当然、以前にこの本を読んでいるので、今回は2回目である。課題図書ということで生徒の注文を取り、近くの書店に販売してもらうと、教師用として毎回数冊献本してくださる。今回はこの献本されたものをありがたく読んだ。
 相変わらず村上春樹の文体は面白い。そして、彼の旅するその旅も非常に面白い。しかし、これは村上春樹がそのように意識して書いた文章だからだろう。

 たいていの人は旅行をしますよね。たとえば、たいていの人が恋愛をするというのと同じ文脈で。でもそれについて誰かに語るというのは、簡単なことじゃありません。こんなことがあったんだよ、こんなところにも行ったんだよ、こんな思いをしたんだよ、と誰かに話をしても、自分がほんとうにそこで感じたことを、その感情的な水位の違いみたいなものをありありと相手に伝えるというのは至難の業です。というか、ほとんど不可能に近い。そしてその話を聴いている人に、「ああ、旅行ってほんとうに楽しいことなんだな。僕も旅行に出たいな」「恋愛ってそんなに素敵なことなんだ。私も素敵な恋愛がしてみたいな」と思わせるのは、それよりもさらにむずかしい。そうですよね。でもそれをなんとかやるのが、当然ながらプロの文章なんです。そこにはテクニックも必要だし、固有の文体も必要だし、熱意とか愛情とか感動とかももちろん必要になります。そういう意味では旅行記を書くということは、小説家としての僕にとっても非常に良い勉強になりました。(p.299)

 村上春樹は文体にきわめて意識的な作家である。この旅行記でも、その文体に対する意識がよく現れている。しかし、この旅行記を読んで、讃岐うどんが食べたくなったのには参った。