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さよなら、新潟高校

 とうとう今日は新潟高校での勤務の最終日である。9年前に事務引き継ぎでこの高校を訪れて以来9年間、私はこの時空間で過ごした。それが、今日でとうとう終わった。
 新潟高校は私の母校である。私が高校生の時、今とは校舎が異なってしまったが、この地で、この空間で、私は人生で最良の3年間を過ごした。学問を愛し、子どもの時からの目指す分野は変わってしまったが、人生で追求すべきものを見つけた。そして、この地で信仰に生きる決意をした。愛する友と出会い、恋もし、失恋もした。私の青春のすべてがここに詰まっている。だから、私は新潟高校を心から愛している。
 その愛する新潟高校に、2004年に教員として赴任した。教員になって以来、母校である新潟高校で教えることが私の夢だった。その夢をかなえることができて、本当に嬉しかった。緊張もした。新潟高校の生徒を相手にやっていけるのだろうかと不安だった。しかし、今思い出すのはその生徒たちのことばかりである。生徒たち、つまり後輩たちは、1年生だったこともあり、不慣れな私と共に成長し、共に学んでくれた。
 2005年。その学年の担任として2学年に上がるときに途中参加し、2年1組の担任となった。理系クラスである。初日から頭痛で休んでしまい。彼らに心配をかけた。しばらくはお互いにぎこちなさがあったが、年度の途中からどんどん親密さが増していき、最後には互いに離れることのできないような関係を作ることができた。
 2006年。3年8組の担任となった。青陵祭の準備に自分たちで積極的に進めてくれる生徒たちを頼もしく思い、その中でサポートできることに努めた。受験勉強を共に戦い、夏期講習や放課後講習、冬期講習に特編A・B・Cと全力で取り組んだ。戦友と呼ぶにふさわしい生徒たちだった。私の誕生日には「起立、礼」の代わりに「誕生日おめでとうございます」と全員で言ってくれた。卒業式の時、涙で何も言えなくなり、ただ「また来てね」と繰り返すばかりだった。
 2007年。1年生の担任となり、1年4組の担任になった。このクラスは史上最強のクラスだった。学習成績においても、団結力においても、仲の良さにおいても、率先する気持ちにおいても、私がかつて出会ったクラスの中で最強である。計り知れない底力のあるスポーツカーを思い切りドライビングするような気持ちで、1年間をドライブした。
 2008年。文系の担任となり、2年7組の担任となった。1年4組のメンバーを何人か引き継ぎ、仲良く、活発なクラスだった。時にやきもきさせられたクラスだったが、最後には団結力の増したパフォーマンスを見せてくれた。
 2009年。3年1組の担任となった。このクラスも性能の良いマシンのように、こちらの働きかけに打てば響くように応えてくれるクラスだった。青陵祭でも、私の意見を参考にして他とは違う煌めきを見せてくれて、連合創造で1位を取ってくれた。全体でも2位の成績だった。あんパン5個(だったかな)は私が得た最高数である。受験勉強でも一緒に取り組み、共に戦った。このクラスでも卒業式の時にただ涙を流すばかりだった。
 2010年。1年10組、理数科の担任となった。理数科らしく学力が高くて潜在力が優れ、同時に活発な仲の良いクラスだった。理数科としてどんどん成績を伸ばしてくれて、頼もしかった。彼らと一緒に行った尾瀬の研修は楽しかった。運動不足の身にはきつかったけれど。
 2011年と2012年は、図書館協議会の事務局長の仕事のために、担任を離れ、2年10組と3年10組の副任となった。最後に生徒たちと深い関係を持つことができなくて残念だった。
 こんな9年間を過ごしてきた。生徒と共にあり、生徒と一緒に歩んできた9年間だった。それらの記憶と経験が、ますます新潟高校を愛する気持ちにつながっていく。そんな新潟高校と、とうとうお別れの時が来た。身を引き裂かれるように辛く、悲しい。
 今日は身辺整理を最終的に終え、教務室の座席移動によって新しい人に机を譲るべく掃除をし、一緒に去って行く多くの同僚たちを見送った。大変親しく付き合うことのできた同僚のO先生も一緒に異動するので、もう一人のH先生と一緒にラーメンを食べに行ったり、お茶を飲みに行ったりした。我らの愛するラーメンツアーもこれで終わりである。退職する事務長の見送りをしたが、仕事が残ってしまったので、勤務時間を過ぎても作業を続けた。そして最後に、自分が担任をしたクラスの教室に一人で行って、お別れを言ってきた。最初に3年8組教室へ。次に3年1組教室へ。そして2年7組教室へ。2年1組教室へ。1年10組教室へ、そして1年4組教室へ行き、ありがとうとさよならを言ってきた。これらの教室に入ると、生徒たちと一緒に過ごしたあの時空間がまたよみがえってくる。心臓の鼓動が高まる。熱い思いが胸に詰まってくる。
 それらをすべて終え、18時35分に、残っていた同僚に挨拶をし、廊下や玄関にさよならを言い、夕暮れの中に姿を消そうとしている校舎にさよならを言って、我が愛する新潟高校とお別れしてきた。本当に辛い。切ない。でも、同時にありがとうの感謝の気持ちでいっぱいだ。そして、4月からの新しい職場での努力を誓ってきた。
 ありがとう、新潟高校。僕はこれからも頑張る。
 さよなら。