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「ことえり」か、「ATOK」か、それとも「かわせみ」か

 博論の修正の山場を迎えている。もはや、日常生活に必要なこと以外の時間はすべてこの博論の修正に使っているか、あるいは博論修正のことを考えているかのどちらかである。修正をしていると、自分の行ってきた研究のズボラさがよく見えてくる。取り戻せるのなら取り戻したい思いに強く駆られる。だが、もちろん時間は戻らない。それにこうしたものを形にしておくということも、おそらくこれからの研究にとって必要なことなのだろう。そう言い聞かせて、泥にはまって動かないような足を一歩、また一歩と前に進めている。どうやら、だいぶ峠が見えてきたようだ。批判を肥しにして、ともかく具現化しよう。あと2日間の辛抱だ。
 今日から授業が再開された。3年生はセンター演習の特編授業の再開である。2つの授業を行った。17日間の冬休みがあったなどとは思われないように、生徒も私もお互いにすっとセンター演習に入っていった。まあ、3年生は金・土とセンターの模擬試験を受けているからね。当然ではあるのだが。私も、ほとんど睡眠がとれていないフラフラの頭で授業を行う。それでも、始まれば自動的にスイッチが入る。結局は説明の時間が足りないような有り様だ。
 さて、修正の嵐の中で困っているのが、日本語入力環境である。MacBook Airにしてからは、標準で搭載されている「ことえり」を使っていこうと思っていた。Mountain Lionのことえりは、PantherLeopardのころとは比べ物にならないくらい賢い変換をする。その点では文句はないのだが、何といっても私は20年来の「ATOK」ユーザーである。もはや指がATOKの設定に慣れ親しんでいる。よって、変換効率は引けを取らないのだけれど、どうしても「ことえり」には不満を覚えてしまう。特に博論の修正でギリギリのせっぱ詰まった状態にいる際は、そうした「ことえり」の見慣れない動作に強い違和感を覚えてしまう。やはり素直にATOKを購入すべきか。そんな中、「かわせみ」が試用できることを思い出して、ダウンロードし、インストールしてみた。「かわせみ」はかつてのEG Bridgeを受け継ぐ正統派のIMである。しかし、EG WORDは本当に大好きだったのだが、EG Bridgeには慣れることができなかった私にとって、たとえATOKと同じキー操作が選べるとはいっても、やはり違和感が残る。これはどうしようもないかね。ATOKに舞い戻るか。