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和泉式部の和歌と藤原俊成の和歌

 今日の授業は古典が2コマである。文系と理数科。文系は進度が少々遅れていて、今日でようやく和泉式部日記が終わった。理数科は順調に進み、無名抄に入っている。今日で2時間目。
 どちらも和歌が中心の話である。和泉式部日記の方は和歌が話の流れの中に入っているので、文章の文脈の中に和歌を置いて理解がしやすい。ところが、無名抄の方は歌論であり、俊成や俊恵の代表歌についての解説であるため、文脈での理解ができない。いきおい、和歌単独での解釈・鑑賞が中心になる。
 和泉式部日記の方は、敦道親王の心の中で次第に和泉式部への恋心がふくれあがっていく様が微笑ましい。兄宮の愛人であった和泉式部に、慰問とともにほのかな恋心を含ませて贈った橘の花を見て、和泉式部が歌を返す。その歌を読んで、その思わせぶりな歌いぶりに、親王の心に恋の炎が宿ったのだろう。もう一押ししよう、という気持ちで歌を詠み、同時に世間体を気にして、使いの小舎人童に口外を禁止する。それを受け取った和泉式部も、また歌を返すべきかどうかと悩む。このあたりの、恋愛が始まったばかりの時の、行きつ戻りつする心の機微が実にうまく表現されている。授業としては、このあたりを生徒に十分に鑑賞してもらいたいところだ。しかし、それを本文自体から読み取ることはなかなか難しい。いきおい、授業者の解説に頼ってしまう。もっと生徒の感想を引き出すべきだなぁ。ただ、そうするとえらく時間がかかってしまうが。
 無名抄の方は、俊成の歌が秀逸である。
「夕されば 野辺の秋風 身にしみて 鶉鳴くなり 深草の里」
 この歌を、俊恵は「身にしみて」が歌いすぎだ、と批判するわけだが、まあ分からないでもない。でも、この歌はいい歌だなぁ。伊勢物語の「深草の里」の話を下敷きにし、業平に飽きられそうになった女の哀しみを込めた歌を踏まえた歌である。本歌取りの歌と言っていいのだろう。本歌取りという技法は、自分が高校生の時に授業で習って以来、何故か非常に心惹かれる技法である。掛詞も、同音異義語という日本語の特質を応用して、全く異なる二つの要素を一気につなげてしまうという、大胆で飛躍的な視界の広がる技法である。そして、本歌取りもそうだと思う。自分の歌の情趣と、本歌とした歌の世界を一つの歌の中で一気につなげて詠み上げるという、実に大胆で飛躍的な思考が広がる技法である。私が本歌取りの歌のすごさを一番感じたのは、俊成の息子、定家のこの歌である。
「春の夜の 夢の浮橋 とだえして 峰に別るる 横雲の空」
 大胆にも『源氏物語』五十四帖の世界を一気に自歌の中に取り込めて、春の朝の、夢から目覚めたばかりの、その夢の跡をまだたどっていたいような、甘く、寂しく、心引かれる想いをこんなにもうまく詠み上げた歌だ。本校においては、新古今和歌集に代表される時代の和歌について教える機会が今までずっと無かった。1、2年生の教科書には万葉集古今集新古今集からの名歌を学ぶ教材が必ずあるのだが、それを取り上げることがまずないのだ。和歌は教えるべきだと思うがなぁ。和歌をきちんと取り上げて教えないから、和歌を含んだ文章が出ると手も足も出なくなってしまうのだと思う。
 今日の授業では、この俊成の歌の解説をした。本歌取りという技法を紹介し、本歌となる伊勢物語の文章をプリントで配布して、それらを用いて俊成歌の解説をする。今回はプリント・ベースで行ったけれど、それを電子黒板を用いてスクリーンに映し出しても良いね。紙媒体を配ると同時に、生徒に顔を上げさせて、スクリーン上で参考資料を示し、解説し、それを横に表示させながら和歌の解釈をする、という形を取っても良かったかもしれない。文系の授業では試してみようか。
 久しぶりに和歌を堪能した1日であった。
 今はこの本を読んでいる。しばらく、内田樹状態になりそうだ。

日本の文脈

日本の文脈

Macで外付けハードディスクの良いのはありませんか?

 自宅で使っているPowerBookだが、内蔵のハードディスクを使わずに、外付けハードディスクにシステムをインストールし、外付けHDから起動して使っている。もちろん、OSはLeopard。これ以上のバージョンは、PowerPCでは使えない。
 その外付けHDが、最近異音がしてきた。何しろシステムは入っているし、写真や音楽のデータの全てがこのハードディスクに入っている。こいつがクラッシュしたら、もう目も当てられない。
 そこで、Macで使える外付けハードディスクを物色しているのだが、何か良いのはありませんか? できれば安く、そして、できれば1TB以上。そして、LeopardでもMountain Lionでも使えるやつ。将来、もしもMountain Lionが入っている機種を使うことができるようになった時に、今までの資産がごっそり使えないと困る。その際は、外付けHDから起動できなくても良いけれど、現在は外付けHDから起動したい。
 Macって、Windowsのようにシステムやソフトウェアを内蔵ハードディスクにおいて、かさばるデータだけを外付けハードディスクに保管する、という使い方ができるのだろうか。いちいち手で保管場所を指定するのではなく、通常の使い方で、ユーザーは意識することなく使っていて、しかもデータは全て外付けHDに保管される、という使い方ができるのかな。
 それができればどーんと2TBのHDを買えるのだけれどね。Time Capsuleはそんな使い方ができるのですか? Time Machineの保管先というイメージしか浮かばないのだけれど……。

APPLE Time Capsule 2TB MD032J/A

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