実技教科の教育実習生の授業

 今日は現代文が1クラスのみ。昨日のクラスとほぼ同様の内容で行う。昨日よりは反応が鈍い。ただ、体育祭が近づいているので、その疲れが生徒たちにあるのかもしれない。どうも土曜日は天気があまり良さそうではない。心配だなぁ。
 さて、教育実習生の研究授業が花盛りである。国語の実習生の授業も見に行ったりしたのだが、家庭科の実習生の研究授業を参観しに行った。実は彼女は3年前の卒業生である。今大学3年生だが、実習に来ている。私の教え子でもある。その、教え子であるということもあるのだが、家庭科という実技教科の授業であることが楽しみだった。以前に教え子が実習に来た時、美術の授業を見ていたく感心したことがあった。家庭科もそうではないかな、と思ったのだ。
 その予感は的中した。国語の授業にはない、いや、あるべきなのだがあまり追求されない、非常に参考になるものがあった。それは授業における生徒の活動である。家庭科の授業では、献立を立てる際の考え方や計算の仕方を生徒に教え、その上で実際に献立を立て、必要なカロリーを計算させるものである。私が感心したのは、その活動が生徒たちの実生活に直結したものだった点だ。最初に自分の食べたい献立を選ばせた後、次に献立を立てる際の理論を教え、それに基づいてあるべき献立を立てさせて、最初に立てたものと比較させていた。このことにより、普段の自分の生活や食事について考えさせ、改善させるきっかけとなるものとなっていた。
 実習教科ではある意味当たり前のものだろう。だが、この当たり前のことが国語科の授業では恐ろしく実現不可能になる。国語であっても、本を読んだり、話をしたり、文章を書いたりするために、そうした方法を教えるべきである。なのに、現実の国語の授業は現実の言語生活や読書経験とはかけ離れた状況を教室内に作り出し、そこでのみ通用する教え方と考え方をさせる。これでは国語を学習しても話したり聞いたり、書いたり、読んだりすることを伸長させられはしないだろう。
 国語科教育であっても、決して教室空間のみの特殊な経験ではなく、現実生活に直結する実技教科的な指導がなされるべきであろう。