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にいがたファシリテーション授業研究会5月定例会

 昨日の夜、「にいがたファシリテーション授業研究会」の5月定例会がありました。毎月定例会が開催されているのですが、ほとんどいつも私の都合と合わず、欠席が続いていました。今回は、7月2日(土)の公開講座のPRをしたいと思い、事務局のみらいずWorksさんに無理を言って、実践発表をさせてもらいました。ついでに、その後の実践発表やワークショップに参加しました。久しぶりの参加でしたが、改めてその楽しさを感じました。
 初めは「チェックイン」から始まります。周囲にいる参加者と「この24時間で良かったこと」について紹介しあいました。残念ながら私は、24時間以内で良かったことがすぐに思いつかなかったので、先日のプレイデーのことを話しました。私の相手をしてくださったのが本学大学の齋藤先生でした。今回は本学の大学の先生が数人参加しておられたことが嬉しく思いました。
 初めのプログラムは私の実践発表です。1年生後期で行っている「国語」の授業について発表しました。この私の「国語」の授業はリーディング・ワークショップ、ライティング・ワークショップを実践しています。その様子を紹介し、この実践から私が学んだことなどを話しました。私がこの実践から大きく学んだのは、「学習者観の転換」ということです。一般的に教員は学習者に対して次のような考えを持っていると思います。

  1. 学習者は無知である。 → だから、教員が教えなければならない。
  2. 学習者は無能である。 → だから、教員が手助けしなければならない。
  3. 学習者は無判断である。→ だから、教員が評価しなければならない。

 言葉は少々過激ですが、教員が学習者に対してしていることから敷衍すると、教員は学習者に対して上記のような学習者観を持っている、ということになると思います。
 しかし、リーディング・ワークショップやライティング・ワークショップを体験すると、学習者は有能であることがわかってきます。以下のように学習者観が転換するのです

  1. 学習者は自ら知識を獲得できる

  → だから、学習者には何を学ぶかを選ばせる。

  1. 学習者は自分にふさわしい方法を選択できる

  → だから、学習者にはどのように学ぶかを選ばせる。

  1. 学習者は互いに評価し、参考にできる

  → だから、学習者同士の評価を大きく取り入れる。

 こうした学習者観を持つならば、教員がすることも大きく変わってきます。学習者は学習する自由と選択権と責任を持っているのです。ならば、授業もまた、そうした学習者の能力に対応できるものであるべきです。私は、それがリーディング・ワークショップやライティング・ワークショップであると思っています。
 そして、こうした学習者観はファシリテーション・グラフィックを通して学習者を活動させようと考える人に大いに必要なことだと考えています。だからこそ、今回企画した公開講座は、このにいがたファシリテーション授業研究会のメンバーにふさわしいものだと確信しています。よって、講座のPRをさせていだたきました。
 次の実践発表は専門学校の先生による発表でした。生徒相談の具体的な事例をもとにして、我々にも考えさせていただき、また学生のファシグラの実例を紹介して、その思考の深まりや見えてくる課題について紹介してくださいました。とても興味深かったです。
 次に、今日の研究会のメインイベントです。新潟県中教研事務局の先生による、教科をベースにしたファシリテーション授業の基礎ということで、ご自身の理科の授業を題材にして、ファシリテーションの授業をどのように組み立て、どう行っているかということを、実際の授業の体験を踏まえて紹介してくださいました。この体験授業がめちゃくちゃ面白かったです。理科の実験の結果を我々に予測させ、その理由付けをさせたのですが、課題に対する答えが3択になっており、その理由付けを考えさせる方法もとてもわかりやすく、体験していて燃えました! この授業は熱くなります。授業を受けている生徒たちが羨ましい。
 ということで、とても盛りだくさんの充実した研究会でした。うーん、やはりいいなぁ。次回も私の都合が悪く、参加できそうにないのですが、やっぱりいいなあと思いました。