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2日目の出来事

 赴任して2日目。今日も7時28分発の電車に乗って通勤する。昨日は1日だったせいか、今日の方が電車に乗り込んでくる人が多い。座席には余裕を持って座れるのだが、昨日よりも車内に人が多い。これが8日以降の学生が動く時になったらどうなるのだろう。やはり、1つ前の電車に乗るべきかな。一度試してみるか。
 今日は、転勤に伴う様々な書類を提出した。といっても、考えていたほどには提出すべきものはない。かつて転勤した時には住居変更も伴っていたからね。今回は通勤手段の変更を申請すれば良いだけのようだ。他に、とりあえず自家用車の公的使用許可も申請する。いつ何時に車を使わなければならないか分からないからね。
 学校に行っても、まだ特に何かをしなければならない、ということはない。一番すべきことは、この環境に慣れる、ということだろう。そこで、ともかく時間を過ごす。とはいっても、来週からの授業に備えて教材研究を進めている。私は3学年を担当するので、最初に扱うのは現代文は河合隼雄の随筆、古典は枕草子の「すさまじきもの」だ。古典は理系クラスを担当する。聞くところによると、基礎があまり定着していなさそうなので、どのようにして基礎を確認し、意識付けさせるかを考え始めている。まずは教材自体の研究を始めた。つい他の様々なことが気になってしまうので、1日経ってもまだ口語訳が終わらなかったりする。しかし、考えてみるとあまり残り時間はない。現代文の準備もしなければね。やるべきことはちゃんとある。しかし、手に付かない。これだけ、新しい環境に投げ込まれるということは緊張を強いられ、集中力を減退させるものかと感心する。
 昨日も今日も、午後に学校内を見聞して回る。内部に4階まで吹き抜けの広大なモールのある、きわめて斬新な設計の校舎だが、各部屋の構造自体は意外にシンプルである。教室は相変わらず机が立ち並び、昔から使っている低めの教壇と教卓と黒板がある。生徒ロッカーは教室の後ろだ。教室空間は気が抜けるほど「普通」だ。もう少しここに工夫ができなかったのかな。あるいは、この方が慣れ親しんだ空間で落ち着くのかもしれないが。
 ともかくも勤務時間まで時間を過ごし、17時20分発の電車に間に合うべく、早めに学校を出る。今日はその途中でこの本を読み終えた。

最終講義?生き延びるための六講 (生きる技術!叢書)

最終講義?生き延びるための六講 (生きる技術!叢書)

 内田樹著作シリーズをずっと読み続けていた。途中、ソードアート・オンラインのシリーズを読み始めたので、中断してしまっていたのがこの本である。読書を再開したが、相変わらずの語り口、切り口で非常に楽しめた。
 内田樹の教育に対する見方はひどくまっとうなものに思える。しかし、それが何故か現代では見失われている。そして、効率主義が教育界を覆い、自己発見神話が教員も生徒も保護者にも無批判のうちに信奉されている。それらについて「おかしい」と根源的考察を持って言えるのは、おそらくこの人が随一だろうな。
 評論の問題ができそうな箇所も見つけたのだが、そんなふうに問題を作ることももはやないだろう。自分で趣味として作り、iBooksで売り出そうか。