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「菅原道真の左遷」の原因とは

 今日の授業は1コマ。古典講読のみである。講読は大鏡の「菅原道真の左遷」を読む。今日から3連続で授業があるので、3時間かければ読み終えることができるだろう。実はこの「菅原道真の左遷」は様々な教科書に収載されているのだけれど、私は今まで扱ったことがなかった。そこで、ぜひ扱ってみたいとリクエストしたものである。2年生の教科書などによく載っているので、文法的にはさほど難しくなく、3時間もあれば十分だろう。和歌が3首と漢詩が1首載っているが、それぞれ非常に分かりやすいものだ。修辞法もほとんど使われていない。
 だが、逆に言えば、そうした易しい文章を3時間かけて教えることにおいて、いかにそこに意味を見いだすか、教師のアプローチと授業デザインが問われる教材でもある。解釈すること自体が難しい文章(例えば「道長女院詮子」など)は口語訳することで授業がある程度成立する。しかし、いちいち口語訳しなくてもある程度分かるような文章を読む際には、その内容に鋭く切り込むような授業を組み立てなければならない。授業屋としての血が騒ぐ教材である。(^_^)
 とはいえ、今日は4人の登場人物(道真、時平、醍醐帝、宇多法皇)を確認し、彼らの事件勃発時の年齢を調べさせる程度しかできなかった。教科書の脚注にあるそれぞれの人物たちの在世年を確認させ、事件時の年齢を割り出させたのだ。道真と時平は本文中に年齢が書いてある。だが、醍醐帝と宇多法皇は生年から事件時の年齢を割り出し、さらに数え年に変換するという操作が必要だ。その辺りを、脚注を参照せよという指示を出して、生徒にやらせる。彼らはちゃんと引き算をして年齢を割り出せた。だが、数え年に換算するところまでは考えが及ばなかったようだ。そりゃ1、2歳くらいしか違わないだろうけれど、正確を期さなければね。
 そして、道真57歳、時平28歳、醍醐帝16歳、宇多法皇34歳という年齢の4人からどんな関係を読み取れるか、と問うた。隣同士で話し合わせ、一人に指名して答えさせたところ、「醍醐帝は道真という年配の下臣の意見を煙たく感じていたのではないか」という反応を示した。むろん、本文の内容をある程度知っていての反応だろう。だが、なかなか鋭い意見である。おそらく事実とは違うだろうが、醍醐帝と道真の間のもろい関係を正確に読み取ってくれたように思う。道真と時平が左右大臣として任じられたのは宇多法皇の命による。つまり、道真が重用されたのはむしろ宇多法皇の信頼が厚かったためなのだ。その子である醍醐帝にとって、道真は父親が重用していた臣下として尊重はしただろうが、自らが選任したものではないため、ある程度の心の隙間が二人の間にあったのではないか。それで、時平が道真について讒言した時、帝はそれを真に受けてしまったのだ。
 まあ、大鏡自体はそのようなことを理由として挙げていない。前世からの宿縁という仏教的因果応報に理由を求めて、時平への直接的非難を口にしない。むろん、最大の原因は時平の嫉妬にあるが、前世の宿縁というのは、意外と上記のような道真と醍醐帝との微妙な齟齬関係のことも含むのではないかとも考えた。
 そんな授業を展開しようと思っている。だから時間ばかりがかかるんだな。今日も最初の1段落を最後まで終わりきらずになってしまった。やれやれ。3時間で終わるか?
 今日は、あとはひたすら、たまっていた仕事を片付ける。生徒から添削の依頼があり、それをずっとためていたのだ。一生懸命片付けるが、何しろ添削は自分が元の文章をある程度理解しなければならない。それで時間がかかること。3人分を抱えているのだが、全部は終わらなかった。無念。