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日常というものの変わり映えのないありがたさ

 博論の草稿を何とか書き上げ、そして昨日の火曜日は大学でその博論の一部をゼミで発表し、先生方より貴重なご意見をいただいた。これから約1ヶ月半に及ぶであろう怒濤の修正の嵐の始まりである。他に、投稿した論文の修正が2本ある。それらの作業を乗り越えていかなければならない。
 そうは言っても、今日は久しぶりの「日常」の一日であった。昨夜は採点のために徹夜をし、もう連日の徹夜でかなり無理をしている。ずっと、軽い頭痛が続いている。それも、今日は一段落し、ようやくせっぱ詰まった作業を追いかけ回さなければならない緊張から(一時的にせよ)解放された。いやはや、よくぞこの数週間を生き延びたものだ。
 授業を2つ行う。理数科の現代文と文系の現代文。文系現代文はやや強引ではあったが、「日本の庭」を終えた。最後の「アルンハイムの庭」と「桂離宮」との共通点と相違点について、比較し、本文に即して考えさせた。相違点については、我々国語科教員4人が知恵を絞ってたどり着いた解釈に、生徒もちゃんとたどり着いてくれた。その問題を考えるための場を整えて、隣同士で話し合わせれば、どのクラスでもちゃんと同じ解釈にたどり着く。たとえ全員ではないにしろ、そうしたことが起こるということは、やはり我々の解釈は正しいのではないかな。生徒も大したものだ。
 さあ、これからも頑張るぞ。