読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

秋田に行ってきました

 この土日は秋田に1泊2日で行ってきた。秋田にある集会に招かれ、聖書の学びと福音伝道をするためである。秋田にはおそらくおよそ10年前くらいに行ったことがある。今回は2回目である。
 土曜日の午前中に移動する。風が強く、あるいは乗った「いなほ」の車体が古いせいか、いやはや揺れた揺れた。脱線するかと思ったほどだ。しかし、何しろここずっと寝不足が続いているため、大半を眠って過ごした。おかげでかつて住んでいた村上の地を見過ごしてしまった。村上に住んでいたのは私が20代から30代になる頃の5年間だった。もう今から20年前になる。村上も変わったろうね。何しろ、私の勤めていた高校が廃校になり、跡に中高一貫校が設立されたのだから。
 さて、お昼に秋田に着き、秋田に兄弟に出迎えられる。クリスチャン同士の交わりの素晴らしさは、このように久しぶりに会っても、あるいは初対面であっても、旧知のごとく互いに交わりができることにある。何しろ信じているお方が同じなのだ。そして、少なくとも私などがその地を訪れるのは共に信じているお方について語るためであるのだから、主イエス・キリストを通して互いに交わることができる。そこに隔たりはほとんどない。
 2日間、愛する秋田の集会の兄弟姉妹に支えられて、働きを行うことができた。私のような拙い者を、それでも用いてくださった主様にただただ感謝したい。そして、素晴らしい交わりに加えてくださった秋田の兄弟姉妹にも心からの感謝をしたい。その素晴らしさの内容について他人にいちいち記されることは、敬虔を求めるクリスチャンにとってはふさわしくないことである。よって、私も詳しくは語らない。ただ、本当に幸いで暖かな交わりを2日間に渡り経験し、慰めと励ましを得た、と記しておこう。
 日曜日の夕方、再び「いなほ」に乗り、新潟に無事帰着した。すべてを守ってくださった神様に心から感謝しよう。この間、この本を読んでいた。
『ジョン・グラントの幸いな学び』(ジョン・グラント著、牧草社、2009)
 さすがにAmazonには載っていなかった。ロングテールを誇るAmazonもここまでは手が届かなかったか。
 以前に購入していた本であったが、この機会に読み始めた。大正解だった。他にも2冊の本を持って行ったのだが、これを読み進めていて良かった。2日間の私の働きに対して、まるで通奏低音のようにその支えとなってくれた。と同時に、私のこの働きについての反省もさせられた。クリスチャンの働きはその結果の大きさや働きの上手さでは評価されない。自らの賜物について忠実であったかどうか、だ。その基準を自分に当てはめた時、ただ反省するばかりである。そうした観点を得られたことはきわめて有益であった。半分くらい読み進めたので、これからさらに読んでいこう。
 さて、これで幸いな働きは終わった。次は博士論文の草稿の完成目指して邁進せねばならない。期日は迫っている。そして解決すべき課題は多い。だが、一歩一歩進むしかない。でもこれも、神様に祈りながら、すべてを支配される神様により頼みながら、進めていこう。