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一語一語進んでいく喜び

 今日の授業は2コマ。文系の現代文と理数科の古典である。文系現代文は「日本の庭」の、桂離宮の世界が「夢」である、と表現している箇所をじっくりと読む。もう一つのクラスでも説明したように、「異なる秩序のもとに息づいている」という箇所の、「異なる秩序」をどう考えるべきかについて、じっくりと考えさせていく。なかなか難しい箇所だけれど、本文の流れに沿って読んでいくならば、この「異なる秩序」が現実世界の秩序とは「まったく別の秩序」であるならばおかしなことになる。これは現実の秩序の本質的な者を指し、それによって作り上げられた桂離宮の世界を指すものであろう。このあたりを考えさせながら読み進めていくのはなかなかに面白い。
 古典の方も「御法」を読み進めている。紫の上の和歌の後、源氏がその紫の上のはかなくなりそうな姿をはぎの上の梅雨のはかなさに例えずにはいられない気持ちを、自発の助動詞「られ」が表しているところをじっくりと考えさせ、説明していく。和歌と和歌の間の表現だが、非常に深い心情を含む描写だと思う。そして光源氏の和歌の解釈に進む。終助詞「もがな」が示す強い感情が何に起因するのか、そのことを生徒に考えさせながら解釈していった。そして、この和歌が決して「一緒に死のう」という意味ではなく、「いつまでも一緒にいよう」つまり「いつまでも長生きしよう」という気持ちであることを確認させる。紫の上を励まそうという歌である。切ない歌である。
 このように、どちらも今日はさほど進度が進むことはなかったが、だが隣同士で考えさせたり、生徒の意見を引き出したりしていったために、むしろ深い読みができた授業になったのではないかな。生徒に今後感想を聞いてみよう。
 さて、明日・明後日と秋田に行く。聖書の学び会に招かれ、聖書の学びを3回にわたり話してくる。私にとっては大切な働きをすることができるのを喜びたい。どうか、神様が守ってくださるように。そして、そのために中断している博論草稿の執筆をもお導きくださいますように。切に祈らずにいられない。