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少しずつ山は越えつつある

 今日の授業は2つ。どちらも古典である。そのうち、文系の方は「師説」が第4・5段落と残っていたので、しっかり授業をする。それでも少し時間が余ったので、質問タイムとした。理数科の方は残り数行だったので、その部分を訳させ、全体を確認して終えた。残りは質問タイム。今日の授業は比較的平穏に終わった。明後日から定期考査が始まる。今回の古典の試験範囲は文章が3つもあり、なかなか難しいと思う。何しろ間に夏休みが挟まっているので、夏休み前に終わった文章などは内容を思い出すのが難しいだろう。生徒の頑張りを期待するところだ。
 その他の時間は会議に次ぐ会議である。試験前特有の会議と、何も試験前にやらなくても良いだろうと思う会議とが目白押しだ。午後からはほとんどのこの会議でいっぱいになり、へとへとになる。
 そんな中、何とか時間をやりくりして論文の推敲をする。第1稿は出来上がっていたが、時間をおいて読み返してみるとやはり論理がうまくつながっていないのが分かる。また、自分の意図していない結果が導き出されそうにもなっている。特に自分の主張をする第4章の迫力が弱い。そこで、第4章を全面書き直すことにした。とはいえ、すでに書いたもののパーツは使うが、アイデアそのものを変更し、流れを大きく変えることにした。その修正に時間がかかった。
 さらに、この論文では英文による要旨を冒頭に書かねばならない。そこで、まずは日本語で要旨を書き、それを英文に置き換えていく。とはいえ、私に英作文がそんなにスラスラできるわけもなし。インターネットの翻訳エンジンに頼ることになる。Google翻訳のお世話になる。このGoogle翻訳は日本文を入れると英文に翻訳してくれるが、どう考えても変な訳は単語レベルで修正することができる。というより、もとの日本文が英文には翻訳しづらい文の構造をしているのだろうね。なるべく英語の文構造に近い表現に日本文を書き改めたりして、何とか要旨の文章を書いた。本来はこれをネイティブの方にチェックしてもらわなくてはならないのだが、締切も迫っているし、提出した後でもう一度修正の機会もあるので、今回はこのままでいく。
 論文は、内容ももちろん大切だが、その構造が命である。論文としての構造を持ち、リサーチ・クエスチョンが真っ直ぐに結論と直結しているか、が大事だ。推敲の観点もそこになる。加えて大切なのが締切を守る、ということである。締切に遅れたら、どんなに良い論文でも受理してもらえない。期限を守ることが大人の社会では最低限のルールだ。
 今週末(28日〜10月1日)に北海道の滝川市に行く予定がある。聖書の福音を話しに行くのだ。大切な働きのために用いられることを嬉しく思う。だが今回は、この忙しい時と重なって、ちょっと苦しい。でも、神様の導きと守りを信じて、あと数日で準備をしていこう。
 というわけで、不調になったHDDの復旧はどんどん後回しになってしまう。それだけ、喫緊のデータは入っていなかったので、まだ助かっているわけだ。でも、今は古いバージョンのOSで起動したPowerBookで仕事をしており、不便である。