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「子ども」から「大人」への変化を考えよう

 今日の授業は3コマ。比較的授業の少なかった今週においては授業数の多い1日だった。そのせいか、あるいは昼休みにも放課後にも生徒への指導があったせいか、1日中ずっと動き回っていた気がする。ちょっと疲れた。
 授業は文系の現代文が2つ、文系の古典が1つである。現代文では随筆を読み進めている。筆者による「誕生日の喪失」のいよいよ要の部分に入ってきた。生徒には何度か「誕生日が来るのが楽しいかどうか」と問いかけている。隣同士で意見を交流させ、全員に意見を聞いたりした。私にとっては意外なのだが、誕生日が来るのが楽しみだと答える生徒が37人中14、5人ほどいる。だが、そんな彼らでも、教材の「誕生日について」という文章に語られているような、誕生日の到来を期待と不安と喜びとで待ち受ける小学生のような気持ちでいる者はほとんどいないだろう。教材が語っている誕生日の特異性は、小学生くらいまでの子どもにしか持ち得ない、一切の疑念や照れや恥ずかしさを感じない世代にしかない性質のものだ。また、それは「子ども」の特徴でもある。自分だけの世界が世界のすべてだと思っている世代にのみ許される、特異な時期である。多かれ少なかれ思春期を迎え、高校3年生になっている生徒たちが、小学生と同じ精神であるはずがない。
 そこで、今日の内容では、「子ども」から「大人」へと成長することの意味に触れながら、文章を読解していった。まずは、深く自身の中の病巣にも比しうる、うごめく胎動のごときものという感じの記述について、それが何を指すのかを考えさせた。まず「病巣」の意味について考えさせ、相談させる。生徒は「人に悪い影響を与えるもの」と答えてくれた。そこで私は「人を悪く変化させるもの」ということも補足して板書した。そして、この文章の場合、この箇所の主語は「子ども」であり、「子ども」が「変化する」といったらどうなることか? と問いかけた。生徒はすぐに「大人になること」と答えてくれた。そこで、この箇所は「子どもの認識を変化させ、大人へと成長させる契機となる出来事」とまとめた。
 このあたりの「大人になること」の意味を考えるのは非常に意味深いと言える。生徒たちはまさにその途上にあり、しかも大人にかなり近づいた存在であると言える。そして、教材に示されるように、子どもから大人へとその第一歩を踏み出した時期にそう遠くない存在でもある。自分自身にある時起こったこの決定的で不可逆な変化について、ぜひ自らの経験をふりかえって考え欲しいのだ。
 楽しみながら、この箇所を読んでいこう。