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「勝ち負けの変なしこりを」残す遊び

 今日は他人の授業変更依頼を受けた結果、4コマになってしまった。しかも、午前中は3コマ連続、昼休みをはさんで4限にも授業が入った。つまり、4コマ連続である。まあ、これは私自身が望んだ結果ではある。昨日、4コマの授業の並べ方について教務より打診を受けた。でも、途中に1時間程度の空きコマが入るよりは、4コマ全部一気にやって、その後でバッタリ死んでいた方がよいと判断したのだ。結果、その通りに4限後はバッタリ死んでしまった。何しろ足が痛くなり、特に左足首に変な痛みが走った。おいおい、4コマ程度授業が連続しただけで足が悲鳴を上げるのかい? まったく、高校教師も体力勝負である。
 さて、4コマの授業は現代文が3コマ、古典講読が1コマである。現代文は、文系クラスが新しい随想の教材に入った。堀江敏幸の「誕生日について」という文章である。けっこう、論理的な思考で展開しているように見えるのだが、やはり随想らしく、記述の多くが筆者独特の比喩や暗喩で満ちており、また、それらについての説明が本文中でなされない。そこで、読者は、読んでいれば何となく分かるのだけれど、その何となくをはっきり言語化する必要に迫られるわけだ。なかなかの難物である。この教材を選んだのは私だが、年度当初の予定では他の文章を読むつもりだった。残り時数が不足しているので、少しでも短いこの文章をと思ったのだが、どうも、私の教材選択眼は鈍っているなぁ。文章は短くても、説明に時間がかかれば、結局目的は果たされないことになる。
 音読をし、第1段落の読解に入った。その中で、「勝ち負けの変なしこりを残さない、結局は平等さを学ぶような遊び」というような記述がある。生徒にこの文章の中で分かりにくい箇所を指摘させたところ、この箇所を挙げた者がいた。そこで、この部分について考えることにする。私は逆に、「勝ち負けの変なしこりを残す遊びって何だろう?」と発問した。生徒に考えさせたが、いろいろと考えがまとまらなさそうだった。そこで、「ドラえもんを知っているだろう? その中で、『のび太〜! お前のせいで負けちゃったじゃないかよォ!』とジャイアンが叫ぶ、その遊びって何?」と聞いてみた。生徒はすぐに分かったようで、「野球」と答えてくれた。いやぁ、こういう時にドラえもんは非常に役に立つ。小学生の心理について、これほど分かりやすい例はない。その逆に、では「勝ち負けの変なしこりを残さない」遊びとはどんな者かと聞いたところ、「おにごっこ」と答えてくれた。素晴らしい。この随想は、このようにして生徒の実体験や見聞している経験を参照して理解していくべきことが多くなりそうだ。「関連づける」方略を十分に働かせるべきであるね。
 他にも、誕生日が来るのが嬉しいかと問うたところ、半数くらいの生徒が嬉しいと手を挙げた。意外な数にちょっとびっくり。高校3年生段階では、まだ誕生日が嬉しいのかぁ。でも、この文章での誕生日の意味の変質はとうに経験済みとは思うけれど。また、「『五時』という不思議な境界線」という表現もある。何が「不思議」なのか考えるのも文章理解には大事なことだ。生徒に聞いたところ、自分自身の経験にアクセスして、様々考えてくれたようだ。いやいや、意外にこの教材はおもしろい。ただ、こんなに時間を取っていると、残り2時間で終われなくなってしまうけれどね。
 さて、この授業でも、また理数科での「画家の領分」の授業でも、私が電子黒板でスクリーンに映し出す本文の画面と同じものをプリントにして配布した。そして、これに書き込みをしても良いことを伝えた。理数科のある生徒は、そのプリントがどうやらありがたいらしい、しきりにうなずいていた。やはり、本文を電子黒板で映し出し、そこにいろいろと書き込む授業の場合は、同じ書式の本文プリントが必須なのかな。教科書のpdfが使えればよいのだろうが、何しろ見えないからね、国語の場合は。
 そんな中、この本を買い求めた。

みんなの家。建築家一年生の初仕事

みんなの家。建築家一年生の初仕事

 ちょっと息抜きのつもりの本である。内容は既に「ほぼ日」のサイトの連載記事で知っているのだが、先日、朝日新聞の書評でも紹介されたしね。まあ、手にとって読んでみたいと思っていたから、良いだろう。息抜きにはちょうど良い。