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電子黒板を使った現代文の授業

 今日から授業が再開された。大清掃の後、60分に短縮されて授業が5限まで行われた。私は他の人の授業を請け負ったりしたために、同じクラスの現代文が2コマになってしまった。
 この夏休み中に全ての普通教室に電子黒板の機器が配備された。プロジェクターとスクリーン、そしてデスクトップPCと電子黒板のソフトウェアなどである。本日から早速運用できることとなったので、私も現代文の授業においてこの電子黒板を使ってみた。まだ機器の操作に不慣れなところはあるが、なかなか使える、というのが感想である。
 1コマ目は教科書の評論の授業である。夏休み前に冒頭部分を読んでいた教材で、その続きから読む。もちろん終わっている分の内容など覚えているはずもないので、まずは生徒たちに音読をさせ、その後で夏休み前に終わっている箇所のまとめを各自に書かせ、その解答を生徒2人に前に出てこさせて黒板に書かせた。それを比較しながら、解答をまとめていった。その際、教科書をpdf化したファイルを電子黒板でプロジェクタに映し出しておき、本文に傍線を引いて、それについて答えさせるという形をとった。
 続いてその次の段落のまとめである。これも、本文のpdfファイルをプロジェクタに映し出し、そこに傍線を引いて、その横の黒板の部分にまとめを書いていった。映し出された本文には色を変えて傍線を引き、2つの箇所を比較しながら考えさせた。
 2コマ目は問題集による演習の授業である。今度は私が読解プリントを作って、それを参考に問題演習をさせた。そして、解説をする際に、読解プリントをプロジェクタを使って写しだした。その際、スクリーンを使わずに、黒板表面に映し出した。さすがにスクリーン上ではないから発色が鮮明ではないが、プリント自体が白い部分が多いために、視認性はそれほど悪くはない。そこの空欄に解答をチョークで埋めたり、解説をチョークで書き込んだりして説明を進めていった。いろいろ使えそうだ。
 来週は古典の授業がある。そこでも使ってみよう。古典では本文を示す場面は数多くある。その際に活躍しそうである。
 しかし、一番使い勝手が良いのは「プロジェクター」+「スクリーン」+「映像端子のケーブル」だけを教室に配備し、各教員にiPadを配ることだと思うけれどなぁ。つなぐのはiPadでもノートPCでも良いことにして。そうすれば同程度の費用でより生産性の高い授業が作れると思うけれどな。デスクトップPCを各教室に配備するのはナンセンスだと思うなぁ。管理も大変だし。そして、それがインターネットにつながっていないというのも信じられない。管理上難しいのだろうが、PCをつなぐ意義の大半が失われることになる。これでは電子黒板は単なるオーバープロジェクターの後継としての意味しかない。決まったコンテンツを映し出すだけの機能だ。映し出された画面上に、流動し生成するコンテンツを映し出すことができない。今まさに生成されているコンテンツを映し出さなくて、何のITだろうか。そのためには最低限インターネットの環境が必要だし、それにiPadがあればもっと良い。
 私ならそんな環境を整備するがなぁ。残念ながら機器選択の提案者には任命されなかった。司書教諭というのは、そうした提案もすることが期待できる職種として扱われるべきなんだけれどね。だって、「情報センターの司令塔」が司書教諭でしょ?