擬古物語のあざとさ:後期夏期講習5日目

 昨日はH23年度の漢文、今日はH22年度の古文のセンター試験問題を題材に講習を行った。H22年度といえば私が3年前に担任をした彼らが受験した年である。あの時は本当に国語に苦しめられた。それまでは国語の力が非常にあった学年であり、私たちもそれをできるだけ伸ばして行ったつもりだったが、3年になって次第に失速し、そしてあのセンター試験の難問にぶつかって大きく得点率を下げてしまった。それでも他行よりは下げ幅が少なかったと言って、我々は慰め合っていましたが……。
 さて、H22年度の古文は『恋路ゆかしき大将』という擬古物語である。いやはや、この物語は読んでみるとあまりにあざとい。のっけから野分の時に主人公である大将が11、2歳の少女の姿を目にして恋に陥るという設定は、もう源氏物語の換骨奪胎そのものである。しかも、「野分」巻と「若紫」巻を一緒にくっつけている。いかに源氏物語の影響が大きいかを物語るものだ。しかし、それにしてもあまりに源氏物語そのものである。もちろん、恋路大将が初めはまじめ男であるというあたりは少し独自性を出しているだろうか。いや、光源氏も「帚木」巻あたりはまじめ男ぶっていたけれどなぁ。雛屋というアイテムを持ち出したのは独自ではある。
 そもそも、この時代に「オリジナリティ」はどの程度重要視されたのだろう。「個」というもののまたとないかけがえなさを、現代という時代はあまりに重要視する。紫式部の生きた平安時代、また擬古物語がつくられた鎌倉時代〜近世まで、オリジナリティについての意識、「個」についての意識はどうだったのだろう。『私が源氏物語を書いたわけ』あたりでは、かなり紫式部の「個」意識について言及する。彼女が生きた人生を残っている資料から再構成しているが、そこでの紫式部はほとんど現代人と変わらない思考傾向を持っている。でも、そんなんでいいのかなぁ。源氏物語の偉大さの故か、オリジナリティ意識の未発達の故か、擬古物語のあざとさはなかなか驚きである。

私が源氏物語を書いたわけ  紫式部ひとり語り

私が源氏物語を書いたわけ 紫式部ひとり語り

 さて、講習は、この問題の難関である6首の和歌のムードをつかむ方法についての説明を中心に進めた。そして、問1の解釈問題を確実に正解できるよう、傍線部を単語に区切り、敬語を直訳して選択肢を絞らせ、古文重要語の知識によって解答を決定する、という手順を説明した。そのなかでも、「まぼる」や「煩ふ」という古文基本語の知識が決定的な役割をしていることを説明し、古文単語の知識を増やす必要性を強調した。実際、文章が読めなかったり、早く理解できないのは単語を知らないからであることが多い。生徒には少しでも単語の知識を増やして欲しいものだ。
 さて、夏休みも後2日。最後まで講習があるので、なかなか落ち着けない。今週の金曜日には早速授業が始まる。なすべきことをほとんどなすことができないまま、今年の夏休みが終わろうとしている。人間の計画とはこんなにも当てにならないものなのだと、改めて実感する。仕方がない。後ろをふりかえってもしょうがない。新たに計画を練り、前向きにスタートしていこう。