メタ認知能力を育成する授業実践の必要

 昨日、今日と授業は全部テスト返しであった。何とかがんばって、テストの採点を火曜日の早朝に終えたので、昨日は古典の2クラス、今日は古典講読と現代文が1クラスずつ、全てテスト返却と解説に充てた。それで授業時間の大半を使った。特に古典関係は基礎・基本である文法事項や漢文の句法、語句の読みや意味についての設問がどれくらいできているかを確認させた。そのことで、現在の古典に関する基礎・基本の到達度を確認させ、3年生のこの夏休みが終わった時には、これらの基礎・基本の問題が全問正解できるくらいになるのが目標だ、と発破をかけておく。
 現代文の方は、問題の解き方・考え方について解説をする。何しろ彼らは設問が出された時、すぐに傍線部の前の箇所を探しに行く。だが、それでは正確な解答は望めない。設問者は「傍線部〜とあるが、それはどういうことか」と、傍線部について聞いているのである。ならば、まず傍線部をしっかり考えようとしないでどうする。特に「どういうことか」という言い換えの問題では、傍線部を構成要素に分解し、それらの要素を全て別の言葉で言い換える、という解答作成手順が必要になる。ところが生徒たちは傍線部を見てすぐにそれに当てはまる箇所を探しに行く。だからある程度要素を踏まえた解答を作ることができるけれども、傍線部を一部分を言い換えるだけに過ぎない解答にしかならない。つまり完全解答にはならないのである。ということを生徒に伝えておく。要は頭の働かせ方なのだ。そして、それを場面場面に応じて使い分けることのできる能力なのだ。つまりはメタ認知能力を獲得することなのだ。問題解決能力というのはメタ認知能力のことではないだろうか。というか、問題解決能力を存分に発揮するためにはメタ認知能力が不可欠である、ということだ。
 私のこれからの授業は、このメタ認知能力を生徒に育成させる、ということである。そのためにはメタ認知を折に触れて意識させることが良いのではないか。メタ認知とは要するに気づきである。自らの行動について自らが気づき、それをコントロールすることである。よって、自分が今どういったことを考えようとしているのか、折に触れて気づかせる、振り返らせることがメタ認知能力の育成に効果的なのではないだろうか。
 さらには、そのメタ認知能力を育成するためにも、他者との話し合いが大変効果的に働くはずである。メタ認知能力は自分で自分のメンタルな状態をモニターする働きである。それは自分自身でも振り返ることによって得ることができるが、他人の考えに触れたり、他人に自分の考え方について指摘されたりすることによってより効果的に得ることができるはずだ。メタ認知能力を育成するためにも、話し合いは有効である。
 それを実践し、立証するのが私の目標である。これは、あるいは当然のことを、自覚的に系統的に実践していこうというものである。よって、やり方が重要となる。授業の運び方にアイディアが必要だ。ところが、そのアイディアを出すための時間の余裕が一番不足しているんだよね。