「明石の君の苦悩」を追体験させる

 今日の授業は古典講読と古典。それぞれ1コマずつ。
 古典講読は昨日の考察を踏まえ、ちょっと大がかりな仕掛けを考えて実行した。まずは本文(第一学習社『古典講読』・「源氏物語:明石の君の苦悩」)を音読させる。その後、以下のことを示して、明石の君の苦悩を追体験させた。
 明石の君はこの文章において二者択一を迫られている。我が子、明石の姫君を光源氏に渡すか、自らの手元に置き続けるか、の二つである。それぞれには以下の条件が付いている。それを板書して生徒に示し、自分が明石の君ならどちらを選択するか考えさせた。

【姫君を光源氏に渡す】

  • 母親である自分の身分は低く、このままでは娘は日陰の子の扱いしか受けない。
  • 光源氏には娘の将来を考える気持ちがある。
  • かつて光源氏は、自分の娘が皇后になるとの夢占を受けている。
  • よって、光源氏は自分の妻である紫の上の養女として娘を引き取り、育てさせるつもりである。
  • 紫の上の娘という立場になれば、娘の将来は安泰である。

【姫君を自分の手元に置き続ける】

  • 何と言っても、自分が腹を痛めて産んだ、ただ一人の我が娘である。
  • 娘を光源氏に引き渡してしまったら、大堰という京から遠く離れたところにいる自分の下に、光源氏が通ってくることは一層少なくなるかもしれない。
  • 娘は数え年で3歳である。満年齢なら1歳半か2歳。この年齢で自分から離れて育つと、自分を生みの母だと認識できなくなる(事実、明石の姫君は紫の上を母親だと思って育つ)。

 この2つを黒板に左右に分けて板書し、生徒には明石の君の立場に立ってどちらを選択するか考えさせた。その上で、4人ずつのグループを組ませ、グループとしての選択をまとめるよう指示した。実は、残り時間が余りなくて、これを考えさせるのをたった5分間しか取れなかった。人生の一大事の選択を5分間でせよというのはあまりに無謀だが、仕方がない。
 選択させた結果を聞いてみた。何と8対1で「姫君を渡す」方を選択したグループが多かった。でも、生徒は十分に悩み、そして娘の将来のために自らの気持ちを殺す、という明石の君と同じ判断をしたわけだ。いやぁ、大したものだ。そして、面白い授業ができた。
 たった5分間ではあったが、その分集中した話し合いができたようだった。「え〜、かわいそう〜」とかいう声を出しながら、それでも様々に考えてくれた。思いつきにしては面白い授業だった。
 次の古典でも同様のことをしかけたのだが、こちらは明確に二者択一の状況に生徒を追い込むことができず、話し合いもあまり活発にならなかった。こちらは残念。
 そんな中、とうとう『海辺のカフカ』を読み終えた。

海辺のカフカ〈下〉

海辺のカフカ〈下〉

 10年ぶりに2回目の読書だった。最初に読んだ時から良い印象を持っていたのだが、今回は「こんなものだったけ」と意外さが目立った。もちろん、面白さには変わりないが。
 この小説を「癒し」で受け止めるものが多いそうだが、今回はそうは思わなかったなぁ。これは相変わらず重いものを読者に投げ掛ける小説だ。確かに田村カフカ君は日常に戻っていくが、彼を取り巻く状況はあまり変わりはしない。意志なき暴力は相変わらず世界を覆い尽くしている。その中で、佐伯さんから遺された絵を頼りに、彼は歩んでいくのだろう。
 システムに覆い尽くされた世界に「卵」はいかに立ち向かっていくか、やはりそのテーマは変わらないのではないか。