「無名抄」の授業

 7組での授業。こちらは徹底的に進度が遅れている。本来ならば枕草子に入っていなければならないあたりなのに、基本的に授業時数が少ないのだな。2週で4コマだが、つぶれるのが多すぎた。
 今日は俊成の和歌「夕されば 野辺の秋風 身にしみて 鶉鳴くなり 深草の宿」の解釈からスタートした。口語訳は済んでいるが、この歌は解説すべきことがたくさんある。まずは助動詞「なり」の識別。そして、本歌取りの説明等々。予想以上に時間がかかった。仕方なく、この後は私が一人で口語訳を進めることにした。この文章は解釈がなかなか難しく、このクラスでは時間ばかりかかってしまうだろうと予測した。さらに、進度を少しでも進めるためであった。だが、それは生徒にはますます分かりにくくなっただろうなぁ。いわば最悪の授業である。
 理系の古典をどのように進めるか、今年のテーマの一つである。