評論の授業

 今日もすごい雪であった。新潟市でも15cm以上の積雪があるだろう。しかもさらに雪は降り積もる。久しぶりである。朝方には鉛色の北西の空を背景に、雪をかぶった砂防林の白い枝々が浮かび上がり、そこに晴れ間からの朝日が輝いていた。幻想的な、美しい光景だった。まるで東山魁夷の絵のようだった。
 さて、3組の授業である。今日から評論教材の定番、「『である』ことと『する』こと」に入る。名作だが、しかし今となっては古すぎる内容かなぁ。いい文章だから良いのだけれど、述べられている内容はやはり古い。今日ではそれを踏まえてさらにどうすべきかを考えるべきなのだが。
 その授業は徹底的に要約をさせることにした。教科書には7つの小見出しで出ているので、それらを1つずつ要約文を作らせた。まずは最初の2つをやらせる。その際に冬期講習で生徒に教えた「評論分読解の方法」のプリントを配り、二項対立で文章を区分けしていくことを教えた。今度はこの方法をさらに全体に広めていこうというわけだ。
 さらに今回は、前回までのグループを今回も組ませ、自由に話をしていいこととして要約をさせた。ところが、前回の「永訣の朝」ではあんなに活発に話をしていた生徒たちが、今回はぴたりと話をやめて、黙々と作業をし始めた。もちろん全員の作業が進んでいるのなら文句はないが、中には投げ出したり作業が進まなかったりしている者が目立った。そりゃそうだろうね。要約文の作成は辛気くさい作業である。それでもやらなければ力がつかないからなぁ。悩ましいところだ。
 明日はこのグループを組んでいることを活かして、何かできないかやってみよう。